ひとり言

自分で自分を祝う敬老の日になっていくのか

母が自分から「敬老の日だからどこどこで美味しいもの買ってきて食べたい」と言うので二つ返事でOKして行ってきたわけだけど、ここまで来ると母は自分で自分を祝っている感があって本来は私が率先するべきなのに感謝が足りないなと思いました。

 

親父と年の差があるからまだ祝う側だと思っているのかもしれないけど、どちらかというと敬老の日を出しに食べたいものを堂々と食べたいだけな気がします。

大好きなものを食べながらビールを飲みつつ相撲の9月場所を見る。自分で敬老の日をお膳立てしてご機嫌なようでした。

 

高齢者夫婦のみの世帯が増えてきたら自分たちで敬老の日を祝うのだろうか。うちみたいな「親と未婚の子のみの世帯」で私が65歳になったとき自分をがんばってきたと祝い敬えるのか、のちに私1人になったときに敬老の日をどう思うのかと運転しながら想像したけど、なってみないとわからないし、おそらくなんとも思わなくなるのではと漠然と結論づけています。

 

私くらいの中年になると、(考えたくはないけど)両親がいつどうなるかはわからないので、敬える日くらい感謝を言葉で伝えておいたほうが後々で後悔しないはず。

自分を祝うだご褒美だなんて甘やかすのはいつでも出来ますし。

では、また次回。