ひとり言

何も無くてもクリスマスに触れるべきか否か

年中行事は数あれど、日記的にブログをほぼ毎日書いている人は、年末年始のあいさつとクリスマスについて、何かしら書きそうなイメージがあります。

クリスマスは正確には日本の年中行事ではないけど、老若男女の老以外、「若男女」の大半が気にかける、もはや浸透したイベントです。

私がいつも見ているブロガーさんたちは、24日か25日どちらかに何かしら思うことや出来事を書いています。

自分に関することじゃなくても、家族のこと、なぜチキンを食うのかなど疑問を調べる人、クリスマスの在りかたを考える人もいたり。

全く触れない人もいるけど、大体の人は話のネタ的に(?)毎年違ったクリスマスを、上手く書いているようです。

 

年末のまとめと、年始のあいさつや目標・決意を書きたくなるのはわかります。

だけど、独り身がクリスマスについて毎年触れるのかどうかを考えていました。

ブログは自由なんだから気にする必要性は無いけど、何故か気になる。

何もなければ無いで、魂の叫びや下ネタ、妬み嫉みを訴えるのだろうけど、毎年似たような内容を書いてしまうのだろうか。

 

私は、クリスマスに何もない側の人間で、もはや妬む気も起きず、いろいろ諦めた独りのおっさんです。

少し卑屈が過ぎますが、客観的に自身を見てそう思っています。

肉体的には若くあろうとしているけど、精神的には老若男女の「老」の域で「ケーキが美味そう。あ、今日って24日だっけ」と大した感情も沸かず今日を過ごしていました。

10年、いや5年若ければ、誰かと過ごしたい気持ちが残っていて、羨ましい!と妬み嫉みを毎年綴るパワーがあったかもしれない。

それを面白く書ければ、すべて丸く収まっているんだろうなぁ。

 

何も無いならクリスマスなんてスルーしてしまえばよかったけど、仕事が休みだったせいでグダグダと考えてしまいました。

相手がおらず、クリスマスに独りでブログ更新するやつは、私と同様にずっと独り身だろうと決めつけている辺り、かなり酷いヤツです私は。

今さら手遅れですけど、皆さまの来年のクリマスマスは、良い出来事や報告があって、また違った年になることを祈っています。

 

今年こんなことを書くと、来年に同じような話はやっぱり書きづらいですね。

「ヤバいな去年の私、何が言いたいのか全然わかんねえ」と思うのは確かでしょう。

来年も同じ状況なら、クリスマスに関係のないことを書くか、美味いケーキを探して食べるとか……かな。

では、また次回。