ひとり言

「琴線に触れる」を悪い意味で使わない

たまたま1回目に付いたのならスルーできたかもしれないけど、別々の場所で連続して「琴線に触れる」を怒りの意味で使う人がいて、それこそ癇に障ったわけです。

 

文化庁 | 文化庁月報 | 連載 「言葉のQ&A」「琴線に触れる」の意味

 

「琴線(きんせん)に触れる」の意味は「心の奥に秘められた感じやすい心情を刺激して、感動や共鳴を与えること」なのですが、本来の意味とは違う「怒りを買ってしまうこと」と間違える人が多くなっているようです。

 

なぜ「怒りを買ってしまうこと」と間違った使い方が広まったのかを考えると、逆鱗(げきりん)に触れるの混同といわれています。混同というよりは、激怒ってほどではない「控え目な怒り」を表現したかったのでは?と思ったりしました。

他にも怒りを表現する言葉に、「癇(かん)に障る」「癪(しゃく)に障る」があります。「子どもが癇癪(かんしゃく)を起こす」の癇・癪です。「気に入らないことに腹を立てたり、いらついたりする」という意味なので、こちらとも混同しやすいかもしれません。

※「癇に障る」と「癪に障る」は若干意味が違うけど割愛

 

そもそも「琴線」がわからないという人もいるのでしょう。「琴の線(弦)」と分けてみれば、琴に張られた線(弦)が響かせる美しい音色に心が刺激され感動し共鳴する、という経緯がイメージできそうな気もします。

琴線がわからないから、元々の意味を離れて何らかの感情を引き出すスイッチのような意味合いで使われるようになり、怒りや苛立ちを表す言葉になったのかもしれません。

 

慣用読みや、慣用句の誤用のほうも正しいとされ辞書に載るなんてことはよくあることだし、私も間違って覚えていることはよくあります。

琴が奏でる美しい音色に感動・共鳴するという心の機微を例えた「琴線に触れる」という言葉を悪い意味で使ってほしくないなぁ。

 

この音とまれ! 作中オリジナル楽曲「龍星群」

 

では、また次回。