ひとり言

近所の橋の工事の通行止めが解除されて安堵する

1年と2ヶ月くらい経ったでしょうか、ようやく家の近くの橋の工事が終わって通れるようになりました。

 

橋の周囲も工事で利用するため通行止めで、迂回路が少し手前に設定され、私の家の前の道路が迂回路となり、車の通りが多くなってしまったんです。

家の前の道路は車1台分の幅しかなく、対向車が来るたび面倒なことが起こります。

譲り合うしかないわけですが、私が帰る際に対向車が来て、私の家の駐車場に入って道を譲られると「ああああ、そこ私が停めるところぉぉ」と内心で叫んでいました。

道を譲った側は、そこが私の家だと知らないので仕方ないのですが、私がもう少しタイミングが早ければ、帰ると譲るが同時に出来たのにと思いながら、どこかをぐるっと回って再び家に帰るわけです。

 

まずその橋を渡って直進するというベストな選択肢が戻ったことで、考えることが減ったことはうれしいし、なんだか頭の中が楽になったような気がします。

通行止め中は、迂回して、土手を上がる途中で、先の信号で並んでいる車の台数を見て、多かったら道を変えてなど、職場の到着に数分影響がある程度の意思決定を細かくしすぎたのかも。

考えるのはイヤではないけど、どうでもいいことを考えすぎるも疲れるだけかなと、通れるようになった道を快適に走りながら感じていました。

 

とても楽になったけど、その楽はすぐ当たり前になっちゃうんですよね。

では、また次回。