ひとり言

カップ麺、手間だなと思うくらいナマケモノ

久々にカップ麵を食べた。食べる頻度は年々減っている。

買ってすぐ食べることはせず、小腹が空いたときにでもと思ってとっておくので、いつも消費期限が近いことに気づいてから食べる。買うだけで満足に近い感覚ということに気づいてからは、買うこと自体を我慢していた。

 

衝動買いしないように控えていても、以前にパッケージに惹かれつい手に取ったものがまだ残っていて、それは味の濃そうな油そばのカップ麺。

消費期限が1日過ぎてしまい食べなきゃと思って作ったけど、カップ麵はもっと気軽にシンプルに食べたいなと思った。少しの手間がとても煩わしく感じます。

手間といっても行為のことではなく、作り方をしっかり読むという思考を挟まなければならない点が煩わしいのです。

頭を空っぽにして、かやくを入れて湯切りしてタレやスープを混ぜるでいいじゃない。えーっとかやく2種は両方いれて、このタレはふたの上で温めて、もう1つは温めないでくださいと注意書きの表記がある……というような、正確にやらないと台無しになっちゃいますよ感を押し付けられているみたい。

 

この手間をワクワクしながらできないことに、老いを感じてしまった。

価格が高めだったり手間かかったりしても、カップ麺の域は超えませんから……。

にんにくが強く利いていたので、この際もっと手間を加えてやろうとレタスを入れてサラダうどんっぽくして食べました。ボリュームが増してよかったです。

 

お湯を注ぐだけで十分うまいモノは、それはそれでありがたいことなのでしょう。

では、また次回。